PALAKA Vol.1

 

PALAKA

ポータークラシックの
定番の一つ、パラカ。
 

ハワイアンデニムとも称される、ハワイの歴史を語る上でも欠かせない生地パターン。元は長袖のジャケットがベースの作業着としての発生ですが、シャツとして流行する頃には半袖開襟の今ではよく見るスタイルになっていました。イギリス海軍の制服パターンのシンプルでチープなチェックの生地が元になっていると言われていますが、そのデニムと言われるような耐久性・通気性とクールなチェックパターンはハワイの人々に完全にローカライズされ、1920年代、サトウキビ畑で働く移民たちやカウボーイ間で流行。着物を大切にして形を変えて着ていたと言う日系移民にとっても、絣のような愛着ある生地だったとも言われています。

 

 

 

 

 

 

「パラカ」の語源 

通説と、海外記事の比較

日本で有名な説を挙げると、パラカの語源は正確には定かではないが、フロックという呼び名のシャツ(または生地)がハワイでローカライズされるどこかのタイミングで転じてパラカと呼ばれるようになった、というのが通説です。こちらの起源を指す内容を見てみると、フロックコートが起源で、フロックの変遷の途中で発生した「チェック柄のフロックという名前の上着の生地」がハワイで取引される内に言い方が変わって「パラカ」になったという内容になっています。

フロックというのは、フロックコートが由来と考えられています。フロックコート(英:Frock Coat、米(別名):Prince Albert coat)は19世紀中頃から20世紀初頭にかけて使用された昼間の男性用礼装で、ダブルブレストで黒色のものが正式とされ、フロックコートとシャツ、ベスト、ズボン、ネクタイで一揃いのものとして扱われていた。
フロックコートはその後モーニングコートに取って代わられ、現在では前合わせがシングルのものも多く見られるようになり、結婚式で使われるような正装扱いのものとなっています。

 


 

 

 

 


そもそものダブルブレストの上着の起源はポーランド軽騎兵・ウーランの服装で、乗馬の際に風が入らないように前合わせがダブルで襟が高くなったと言われる。らいそして、これらの特徴を持った上着は18世紀には軍服として使われていた。19世紀初頭、プロイセン軍のウーラン騎兵隊(隊員のほとんどがポーランド人であったことから、ウーランプルク (Ulan-Pulk) と呼ばれていた)の軍服であったダブルブレストで紺青色(プルシアンブルー)のコートが、男性の服装として地味な色彩が好まれていたイギリスにも広まった。軍服は立襟のままだったが、それ以外のものは背広襟となり、色は更に濃い色調の濃紺や黒のものが19世紀中頃には男性の昼間用礼装となった。(上述の内容に続く)

 


 

 

 

 

このフロックは常装用であり、同じ形式ながらチェック柄も流行していた。このフロックが言葉だけを残し様々な形態に変化していった時期、イギリス(もしくはアメリカ)人がハワイに着く頃には、フロックと呼ばれるゆるやかなラインの上着を指すようになっていました。この船員の制服上着に使われていたチェックの布地がハワイ人と交易されるようになり、パラカという名前で呼ばれるようになり、その後、服飾が盛んだったマサチューセッツの宣教師がハワイにやって来た際、テーブルクロスやカーテンに使われたチェックの布地が大量に入ることになり、その布がシャツを仕立てる生地に使われるようになった。という説です。

 

 

 

 

海外記事から

souce by
Palaka|The Historic Cloth of Hawaii
https://hawaiipalaka.wordpress.com/

 

 

 


一方で、「パラカ」というパターンと、呼び方が変わったタイミングが具体的に記されている海外記事を元にした考察がこちらです。Alfons Korn氏という教授の研究から具体的な単語と名称を用いた説明となっています。フロックという単語については、捉え方によっては表現がずいぶん違います。


英語教授のAlfons Korn氏の研究によると、パラカの起源はカメハメハ王時代の探検家がハワイ沿岸に時々訪れる程度の時代にまで遡ります。パラカのパターンの発祥については、1900年代後半、アメリカ人がイギリスから市松模様の厚手の布を何トンも注文して現地労働者のための制服を注文したときのものだとされています。元来それは、英国の船員の制服用のパターンで、プレーンでチープなものでした。ネルソン海軍とアメリカの大型帆船からやってくるそのパラカ生地には当時名称が定まっておらず、ハワイ人と一世 (第一世代の日系移民)が、「フロック」をハワイ語の発音に置き換えた、またはフロックの「チェック柄」を指す言葉を誤訳してパラカに転じた、などと言われています(この辺りは諸説あるようです)。興味深いことに、船員が移り住んだニューイングランドの室内装飾に、当時の家具カバーの人気スタイルとしてパラカを多く見ることができます。

 


「パラカ」の単語を確認できる最古の手紙として、「Peter Youn Kaeo (1836 – 1980)の手紙」があります。彼が従姉妹の女王であるエマに向けた手紙で「フロックパラカ」という単語を見ることができます。これは衣服のスタイルを記述するためにパラカという言葉が初めて使われた例です。

 

 

 

現存する希少なパラカ

SPACIAL 1890's INDIGO PALAKA
BLUE STRIPED CHECK-PATTERN OVERALLS

sorce by PHAETON

 

 

 

 

パラカの変遷やスタイル、
アロハなどへ続く話などは次回へ続きます